2013/02/19

28歳になりました。


18日に、28歳の誕生日を迎えました。


28年前の2月18日から昨日まで、10227日。
私が生まれてから過ごした日数です。
(数えたわけじゃないよ、生年月日入れると表示されるサイトがあるんだよ。笑)



自分が歩いてきた道を、ふと立ち止まって振り返ってみる。



楽しくてキラキラした思い出もあれば、辛くて泣いていた日々もある。
だけど、どんな一日でも、どんな道でも、振り返るとすべてが愛おしくさえある。



「もう28歳か」っていう感覚はあまりないの。
よくね、「20代のうちが華」とか言われるけど、そうは思わない。



年を重ねることを「怖い」と思う人は、人の魅力は外見で決まると思ってるからなのかな?
年を重ねることは、むしろ楽しみでもある。急いで年を重ねたいとは思わないけど、一つひとつの年齢にはその時の楽しみがあるはずだから。
そして、年を重ねるごとに、中身は磨かれ熟されていくものだと思いたい。


10年前の自分よりも、今の自分の方が好き。
5年前の自分よりも、今の自分の方が好き。



それは、過去の自分が嫌いだとかではなく、色んな出来事や出逢いを経て、得たものが多いから。




白か黒しかなかった10代のときよりも、グレーの存在を知った今の方が、楽になれた。
前はもっと自分の中で「こうあるべき」という考えが強かった。
でも、結局それは自分自身を苦しめていたみたい。



人との距離感、自分の機嫌の取り方、小石に躓いたときの心の対処法・・・挙げればキリがないけど、年を重ねるごとに、色々な事が分かってきた。
それは誰かと付き合って少しずつ相手を知るように、自分という一人の人間を時間をかけて知ることができているからだと思う。
一つひとつ年を重ねることで、また自分を知って、どんどん楽になっていく。



肩の力が良い具合に抜けてくる、そんな感じです。
そうすると、誰かのことも許せるようになってくる。



何かを許すこと、誰かを許すこと、それで救われるのは、他の誰でもない自分自身なのよね。



歩み続ける足を止めたくはない。
学ぼうとする意欲を失いたくない。
好奇心や冒険心は、何歳になっても持ち続けたい。


年を重ねるごとに、味が増す人でありたい。


28歳の今よりも、50歳になる未来の私の方が魅力的であるような生き方をしたいと思う。
だからね、「20代が華」だなんて思わない。
20代は種まきの期間だもの。
すべては、これからよ。



10227日生きてきた中で、沢山の選択があった。
今までの一つひとつの選択の先に、今のわたしがいる。
今まで歩いてきた道で、みんなと出逢えた。



誕生日には、メールやLINE、Facebookやtwitterで沢山の「おめでとう」を受け取りました。
「ありがとう」と返す言葉に込める想いは、一人ひとりに対しての「出逢ってくれて、ありがとう」。
私が今まで選択して歩いてきた道に、一人ひとりとの出逢いがあり、色んな形で私の人生と交わってくれた。
そのことに、ただただ、感謝。



「ありがとう」の想いでいっぱいになる一日。
それが、私にとっての、誕生日。



28歳、良い意味で忘れられない歳にします。



いつも、ありがとう。
大好きですヾ( ´ー`)

2013/02/13

映画。


映画館に住んでしまいたいくらいに、映画が大好きなわたし。


7歳頃から毎週のように映画館へ連れていかれ、字幕の漢字も満足に読めないながらも、顔ごと字幕を追うように大きい画面に釘付けになっていた子どもの頃。もう、あれから20年が経ちます。


私を映画漬けにしたのはお母さん。
今ではお母さん以上に映画にハマり、映画館にも足繁く通い、DVDを借りては時間を見つけて観る・・・という映画生活をしています。


映画はずっとずっと好きだったけど、声を大にして「映画が好き!」と言えるようになったのは、実はここ2、3年。
それまでは一人映画もしたことなければ、「映画は割と観てる方」とは言いながらも、それを全面に出すことはしていなかったです。


でも、「好き」も立派な強みよね・・・って思いはじめ、自分の好きな事を全面に出すことにしました。
好きなことには素直になった方が絶対に毎日が楽しい。


約20年前、最初は訳も分からず連れていかれていた映画館。
今とは違って、チケットを買うのにも並び、上映開始前にも並び、そして自由席だったから席を取るのに急ぎ・・・と、毎週末その繰り返しだったのを覚えています。



最初はじっとしている事が苦痛だった映画館も、次第に大きな画面の向こう側の世界に魅了されて、自ら次週の映画スケジュールを確認するようになり、映画館へ行くのが本当に楽しみになっていました。



映画で観た外国の街並みに惹かれ、異国の地への憧れを抱くようになるのに、そんなに時間はかかりませんでした。
大きくなったら英語を話せるようになるんだ!と信じて疑わなかったのも、映画の世界で耳にした英語がかっこよく思えたから。



海外が好きなのも、旅行が好きなのも、英語が好きでカナダに一年滞在したのも、すべての始まりは映画だった。
幼い頃映画に触れていなければ、私の「好きなもの」も私の生き方も、きっと大きく違っていたんだろうなって凄く思う。



「映画×旅×写真×文章」


大好きなこの4つは、きっとこれからもずっと変わらずに好き。


奥さんになっても、お母さんになっても、おばあちゃんになっても、出来る範囲でこの「好き」を追い求めていきたい。
好きを極めて、近い将来それらをカタチにしていきたい。



今は、映画を観たあと、必ずtwitterで感想を書いてシェアしています。
もし、公開中の映画の感想やDVDの感想をリアルタイムで知りたい方は、ぜひtwitterを見てください。



必ず聞かれる「一番好きな映画は?」の質問には、なかなか答えられないけど、人よりも多く観ている分、シェアをして映画館へ行く前の参考にしてもらえたら嬉しいなと思っています。
映画ブログを書くことも勧められたりするんだけど、それはまだ考え中。



何度も訪れてる映画館だけど、行く前はいつもワクワクしています。
観に行く作品や映画館の場所によって、観客のカラーが違うのも面白い。


映画のコラムとかを書けたら嬉しいなぁ。
もしくは、やっぱりおすぎの座を狙うとか(☆。☆)



恋がしたくなる映画。
お洒落がしたくなる映画。
雨の日が楽しくなる映画。
食べ物が美味しそうに見える映画。
仕事を頑張りたくなる映画。
友達に会いたくなる映画。
家族をもっと大切にしたくなる映画。



色んな映画との出逢いがある。
違う景色を見せてくれる映画に、どんなに月日が経っても、飽きることはないです。



大好きなことを、大好きと言えるのは幸せなこと。
大好きなことを、誰かにシェアできるのも嬉しいこと。
大好きも究めれば、個性となり強みとなる。


前の座席の人の頭で字幕が見えないと、一生懸命背筋と首を伸ばして映像を追いかけていたあの頃。
20年経った今も、映画館へ行く前のわくわく感は褪せることはないです。

2013/02/04

わたしの生きる道。


最近、めっきり不安にならなくなった。
焦りもしなくなった。



でもそれは、何かを諦めたからじゃない。
むしろ、信じはじめたからだと思う。
自分が今歩こうとしている道を。



根拠もなく、ただただ、「大丈夫」と思えている自分がいる。
きっと大丈夫、絶対大丈夫!・・・と、小さくだけどとても強くそう思っている自分がいる。


なんでだろう。


私が今歩いている道も、方向性も、間違ってない。って信じられてる。


もしかするとね、5年後の未来は、結局何にもなれていない私がいるかもしれない。
今こうして描く「こうありたい」と思う姿とは程遠い未来だって、あるのかもしれない。


だけどね、そしたらプランBでスタバの店員さんになってお客さんにハッピーを届ける人になるの。
プランBでも、十分幸せに暮らしていける自信がある。
プランCでは、パートのレジ打ちをしているかもしれない。だけど、そしたらレジ打ちのスペシャリストか、お客さんに愛されるレジ打ちになるわ。



どんな生き方が待っていようと、ハッピーにやっていける自信が、ある。


でもそれは、全力でプランAを掴みに行った結果でないと、意味がない。
最初からプランBに行くつもりは、ない。



どんなに未来を描いたところで、結局ここからは見えないもの。
今、一歩一歩進んだ先に未来がある。
今日のあとに明日があるように。



どんな未来を願おうと、願っているだけじゃ、描いた未来はやってこない。
それに描く未来はその都度変わったっていいと思う。自分が望むなら。
一歩踏み出してみたら、そこから見た景色で違う未来が垣間見れた・・・とかだって、十分にあり得る。
それなら、次の一歩を変えていけばいい。


でも「ありたい姿」が明確なら、一歩一歩そこへ向かって進んでいくのも一つの選択肢。進んだ先で、もしどうしても目的地に辿り着けないときには、プランBの人生もあるかもしれない。
だけど、プランAに向かわずしてプランAに辿り着くことはない。


一年前の今頃、すっごく藻掻いていたし、ただただ焦っていた。
そしてその時には、一年後のいま、こうしてこんな内容のブログを書いてるだろうだなんてこと、一ミリだって思わなかったし、思えなかった。
むしろ、私はどこへ向かっているのか、何をしたいのか、次の一歩をどっちへ出せばいいのか・・・もう全てが分からなかった。



たった一年後だって想像さえつかない未来が待っていたりするもの。
それは良い意味でも悪い意味でも。
だからそれなら、未来の結果がどうであろうと、今は「こうでありたい」と思う気持ちを大切にして一歩一歩進んでいけば良いんだなって思える。



進む方向がわからない時は、模索をする時間なんだと思う。
人に会ったり、本を読んだり、時にはセミナーに行くなり環境を変えるなりして、ひたすら動きながら考える時間なのかもしれない。



焦っちゃうときは、無理に「焦らないように・・・」って思っても、どうしても焦ってしまうもの。
焦らしたままでも良いのかもしれない。
生き急いじゃうときは、生き急いでいいんだと思う。
焦るのってしんどいし、ちっともハッピーではないけど、それでもきっとその中から気付くものってあるはずだから。



今は不安もなければ焦りもないけど、もしかしたら一年後の今頃はめちゃくちゃ焦ってるかもしれないしね。だけどそれだって、今の私には分からないこと。



いま、私がすべきことは、ただ前に進み続けること。
昨年とは違う一年にしたいなら、そして更に前進したいなら、昨年とは違う何かをしないと。
昨年と同じ行動をしていたら、何も変わらない。



これが今の私の課題です。



慣れてくると居心地がよくなってしまうけど、居心地が良すぎて動けなくなるのも、また怖い。
居心地の良い場所って、そのままぬくぬくそこにいたくなる。
だけど、今以上の未来を望んでるなら、また一歩踏み出さないと・・・って思ってます。



一年後に、「あぁ何も変わらなかった・・・」と同じ景色を見ていたくはない。
どうせなら、2013年の終わりに、今年もやりきったし2014年が楽しみ!って気持ちで大晦日を迎えたい。



新しい環境や新しい何かって、ワクワクもするけど、エネルギーも必要になってくる。でも、一年後に後悔しないためにも、プランAに向かって頑張りたい。



もしもプランAがダメで、5年後の私がプランBの人生に方向転換していた場合は、みなさま・・・スタバでお会いしましょう。



とか言いつつ、気が済むまでとことんプランAを追い求めて進んでいきますけどね。むしろ暴走注意(☆。☆)
今はひとまずプランBの人生は忘れて、お客さんとしてスタバをこよなく愛します。らぶ。



そして、とうとう私もインフルエンザにかかってしまいました。人生初。
今はもう治って今日から出勤しましたが、一週間まるまる休み、ポカリだけで生活していたら、身体の中がほぼポカリになりました(-_☆)
インフルに痛みがあるなんて知らなかったー。

みなさま、どうぞ体調など崩されませんようお気を付けくださいまし。



写真は、インフルにかかる前日に訪れた茅ヶ崎の海。
大好きな景色です。




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